これまでのAI創薬は、AIが候補化合物を提案し、人間が実験でそれを検証するという分業型のアプローチが主流でした。しかし今、業界の関心はさらに一歩先へと進んでいます。
AIが仮説を生成し、自動化された実験設備がそれを検証し、得られた結果を再びAIが学習する。このサイクルを高速で回すことで、従来の創薬プロセスでは到達できなかった探索効率が実現されようとしています。
Lab-in-the-Loop の基本サイクル
この考え方を実装し、実際に成果を挙げつつある企業の1つが創薬スタートアップ Orbis Medicines です。
バイオ医薬品(抗体医薬など)は高い治療効果を持つ一方、その多くは注射剤としてしか投与できません。患者にとってはより服用しやすい経口薬へのニーズが根強く、創薬業界では長年にわたり次のような課題が議論されてきました。
Orbis Medicines は、この難題に対して独自の「nCycles」と呼ばれる完全合成のマクロサイクル化合物群を、自社プラットフォーム「nGen」によって設計・創出しています。
nCycles は経口吸収性と膜透過性を最適化するよう設計されており、これまで注射でしか投与できなかった標的にも、経口薬でアプローチできる可能性を切り拓く分子群です。
マクロサイクルは、低分子医薬と抗体医薬の中間に位置するモダリティとして期待されている一方、その化学空間は膨大で、従来の研究手法では十分な探索が困難でした。そこで Orbis Medicines は、AIと実験自動化を融合させた研究開発体制を構築することで、この巨大な化学空間の探索に本格的に挑んでいます。
Orbis Medicines の特徴は、AIによる分子設計にとどまらず、実験そのものを大規模に自動化している点にあります。nGen プラットフォームは、以下の要素を一体化した仕組みで構成されています。
同社は数十万規模の類縁体を高速に合成・評価するプロセスを回しています。さらに、AIスーパーコンピュータ「Gefion」の活用によって、この探索・学習サイクルをさらに加速させる取り組みも進めています。
この一体化されたプロセスは「Lab-in-the-Loop」と呼ばれ、AIと実験基盤の融合こそが自分たちの競争力の源泉であると明確に位置づけています。
AI創薬というと、大規模言語モデルや生成AIによる分子設計の話題が先行しがちです。しかし実際の創薬サイクルは、次の三つのステップから成り立っています。
このサイクルの中で、最もボトルネックになりやすいのが2番目の「実験」です。どれほど優れたAIが分子を提案しても、それを合成し検証する速度が追いつかなければ、学習に使えるデータは増えていきません。
特に中分子のような複雑な化合物群では、候補となる構造の数が膨大になるため、人手による合成・評価では到底スケールが追いつかないのが実情です。
| 従来型創薬 | Lab-in-the-Loop型 | |
|---|---|---|
| 実験主体 | 人手中心 | 自動合成・自動評価 |
| 1サイクルの速度 | 週~月単位 | 日~時間単位 |
| 取得データ量 | 限定的 | 桁違いに大量 |
| AIとの連携 | 限定的(オフライン) | 継続学習ループを形成 |
| 属人性 | 高い | 低い(標準化) |
近年のAI創薬では、「どれだけ優れたAIを持っているか」だけでなく、どれだけ高速かつ大量に実験を回せるかが競争優位を左右する要素になりつつあります。Orbis Medicines の事例が示しているのは、AI単体ではなく、AIと自動合成・自動評価の基盤を一体化させたプラットフォームこそが、次世代創薬の本質であるということです。
実験自動化の価値は、スピード向上だけにとどまりません。特に重要なのが、研究現場に根強く残る属人化の解消です。
多くの研究機関や企業では、次のような課題を抱えています。
研究現場が抱える属人化の課題
こうした属人性は、研究開発のスピードを落とすだけでなく、組織として知識やノウハウを蓄積していく上でも大きな障害となります。実験工程を自動化し、デジタル化されたワークフローに置き換えることで、次のような効果が得られます。
自動化がもたらす効果
研究者は定型的な合成・評価作業から解放され、実験戦略の立案やデータの解釈といった、より付加価値の高い業務に集中できるようになります。
こうした動きは Orbis Medicines に限った話ではありません。近年、次のようなグローバルプレイヤーが、自動化ラボとAIを統合した研究基盤の構築を加速させています。
大手製薬企業においても、自動合成設備やハイスループット評価系への投資は加速しており、創薬研究のデジタルトランスフォーメーション(DX)は今後さらに進展していくと考えられます。
株式会社アクセラレート・バイオでは、こうした世界的な研究開発トレンドを踏まえ、海外CROとのネットワークを活用した自動合成サービスの紹介・導入支援を行っています。
近年、多くの海外CROでは、次のような先進的なサービスを展開しています。
国内だけではアクセスが難しい、こうした最先端の実験自動化環境を活用することで、次のような効果が期待できます。
海外CRO活用によって得られる価値
AI創薬が次のステージへ進む中で本当に重要なのは、AIツールを導入することそのものではなく、AIと実験を一体化した研究開発体制をいかに構築するかという点にあります。Orbis Medicines の事例は、その方向性を示す象徴的なケースといえるでしょう。